しろばなさんかく

ボカロと音楽のことを書いていきます

#2017年ボカロ10選 後記

VOCALOIDファンコミュニティの年末年始恒例行事、

「ボカロ10選」をご存知でしょうか?

ニコニコ動画へ1年間に投稿されたVOCALOID作品から10作品を厳選、共有するこの行事は、2009年頃からはじまり2017年で第9回目を迎えました。

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2017年は「VOCALOID初音ミク」の発売から10年目にあたるメモリアルイヤー。VOCALOID音楽シーンはかつてないほどの熱気に包まれ、私個人としても素晴らしい作品にたくさん出会うことが出来ました。ボカロを聴き始めた頃には想像だにしていなかった未来にきてしまったんだなぁ…としみじみ感じます。本当にすごい年だった。。。。。

 

10作品を選ぶにあたっていろいろと思うところがあったので、今回も紹介を兼ねた記事を頑張って書きました。良ければどうぞ、お付き合い下さい。

 

それでは1曲ずついきます!

 

 

 

 

 

①SEX UNIT/PSGO-Z

 

 

2017年はEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)が洋楽メインストリームにおける新興ジャンルとして爆発的なブームを巻き起こした時代がようやく終焉し、
1つのジャンルとして定着した後の時代。所謂「ポストEDM」の流れが国内においてもいよいよ顕著になった節目です。BigRoomHouse・Bounceをはじめとする
ゴリゴリ系の分かりやすい4つ打ちダンスミュージックはその役目を終えつつあり、代わりにそれらのアンチテーゼとして、かつてのハウスミュージックへ回帰
しながら新たな要素を取り込んだ、Futurehouseをはじめとするジャンルが注目されるようになってきています。

PSGO-Z氏が2015年より手掛ける連作シリーズ「AMBROSIA」の最新作に当たる本作は、そんなトレンドを如実に反映しながらそのさらに先へ進んでいます。

Futurehouseの影響が感じられるアップリフテイングでスタイリッシュなリズム構成に
Tropicalhouse由来のリゾート感あふれる音作りを融合させた、まさに…良いとこ取りのトラックは、先進的かつ革新的な魅力に溢れていると言えるでしょう。
加えて言及すべきはPSGO-Z氏の卓越したVOCALOIDプログラミング技術です。VOCALOIDソフトウェアの癖を分析し独自の調整ノウハウを構築しているプロデューサーとして有名なPSGO-Z氏ですが、本作では非常に聴き取りやすく艶のあるボーカルのみならず、スキャットを利用したリフや時々挟み込まれる合いの手(nana…)にも初音ミク歌唱を全く違和感なく使用する熟練の調整技術が炸裂しています。胸部装甲が揺れ動くセクシーな動画に気を取られている場合ではありません。ワールドクラスと互角に闘える本作のようなトラックへ不意に出会ってしまうと、ボカロ曲を聴くのがますます止められなくなりますね。

 

 

 

②まっしろ/gaburyu

 

 

futurebassが震源soundcloudより世界各地のクラブミュージックシーンへ伝播してから数年が過ぎ、そろそろ流行は収束する方向に進むだろう…という大方の予想が、
国内のコアリスナーの間で囁かれていたのが年初頭。しかし蓋を開けてみればシーンは全く逆方向…むしろ大いに発展を見せることになったのが2017年でした。
その大きな要因として挙げられるのが、中田ヤスタカをはじめとする国内に大きな影響力を持つアーティストの活躍です。特にPerfumeへの提供楽曲「If you wanna」はそれまでのJPOP文脈とは全く異なるサウンドとして、メディアにも大いに取り上げられ、futurebassはここにきて再度、未来型の新しい音楽として国内にて再定義・再認識されることになりました。
VOCALOID音楽においてはこのジャンルで若手トラックメーカーが頭角を現してきており、ゆざめレーベルの初音ミク10周年コンピレーションに曲提供した「メテオライト」
の鬼才yunomi氏や海外ラジオ”SINGLE OF THE YEAR:に「AM2:30」がランクインした後藤尚氏など、徐々に役者が揃ってきた感があります。

本作「まっしろ」を手掛けたgaburyu氏もそんな新時代のトラックメーカーの一人。

彼はfuturebassのセオリーを完全に咀嚼しつつ、自身のバックグラウンドであるSkrillex以降のbass系サウンド、ルーツであるハワイ島のイメージ、更にはゲームミュージックをも取り込んだ独自体系を提示しています。

聴いていると自然に体をゆらゆら揺らしたくなる本作「まっしろ」にて描かれているのは暑い砂浜でしょうか、寄せては返す波のようにも感じられます。それとも、それら全てを包み込むまっしろな光…すなわち、やわらかく時間が過ぎていく常夏の風景かもしれません。とても心地良い。
2017年12月にはVOCALOID×クラブミュージックの総本山的イベント「VOCALOID-ManiaX」にも異例の大抜擢でゲスト出演を果たし注目を集めたgaburyu氏。
加速度的に活躍の場を広げるその勢いは往年のTREKKIE TRAXをも彷彿させるものがあります。今後に期待したいものです。

 

 

 

③Serial/TKN

 

 

2000年代アメリカ南部のヒップホップシーンから発祥したとされるジャンル、TRAP。元来はローカルのストリートから伝播してきたジャンルでありながらアメリカのダンス・ミュージックシーンと邂逅しつつ発展を続け、現在ではポストEDM時代の屋台骨を支える筆頭ジャンルとして大きく支持を集めるまでになりました。
特徴としては太いベースサウンドとスネア・ハイハットの執拗な連続音が挙げられ、中でも上モノがチルくてクールな”CHILLTRAP”と呼ばれる種類のトラックは2017年にクラブで最も人気を得たジャンルの一つであり、本作「Serial」もそれに該当します。

ボーカル音声と、ボーカルを刻んだ音のシンセサイザー的利用。そのお互いを行ったり来たりさせつつ曲を展開させる手法はダブステップ以降のエレクトロ・マナーとして最早お馴染みではありますが、本作ではその役目をGUMIに…つまりボーカル・シンセサイザーであるVOCALOIDに担わせている点に説得力があります。TKN氏により調整を施されたGUMIのエモーショナルな哀愁ある「声」、GUMIのチルくてエモイ「音」。その二つを自在に行き来する…境界が曖昧な状態、いわば声と音のキメラと形容すべき状態はVOCALOIDの十八番とも言え、本作のドープなTRAPビートへの相性が抜群です。是非ともこれをクラブの音響下で存分に浴びてみたい!!大好きです。

 

 

 

④愛は雨のように/マグロジュース

 

 

合成音声歌唱を用いて制作されたHIPHOP、通称「ミックホップ」は2014年に新たなジャンルとして提唱されたものです……という前口上が最早必要ないほどにはボカロシーン内に確固たる地位が既に確立された2017年。当初はstripelessレーベルとその周辺に集うトラックメーカー達によるコミュニティ色が強かったミックホップも、月日が経過
する中で次第に広く浸透し、リスナーを増やし、今やミックホップを聴いてミックホップを作るようになった世代…いわば2期生とでも呼ぶべき新世代のトラックメーカー達が次々に登場する段階へ移行しています。

マグロジュース氏が手掛ける本作は、そんなシーンの移り変わりを象徴するかのような一曲。本作におけるサンプリングネタの選定、雪歌ユフによるラップのフロウ…知ってか知らずか、これらはミックホップ黎明期からシーンの立役者であるmayrock氏のトラックを自ずと彷彿させ、氏へのリスペクトを感じさせる要素でもあります。なんともニヤニヤしてしまいますね。また本作はbpmが85→170→85… と変動を繰り返すのも大きな特徴で、揺れ動く感情の波と雨音の強弱がシンクロし、自ずと胸に迫ってくるような展開が非常に興味深いです。
”2期生”には他にも、プリミティブで特徴的なリリックからボカロラップの可能性を押し拡げるTachibuana氏や、純邦楽のエッセンスを用いたメロウでムーディーなトラックを得意とする平田義久氏など。とんでもない人材がゴロゴロしています。2018年にはミックホップのコンピレーションアルバム「MIKUHOP LP」のシリーズ最新作が満を持してのリリースを予定しているとの情報もあり、ミックホップはこれからもっと面白くなりそうな予感がします。楽しみですね。

 

 

 

⑤産声上げた、そんな気がした/taron

 

 

CRZKNYが怪作「MERIDIAN」を引っ提げ全国行脚しては、各地でスピーカーをオーバーヒートさせていたのも記憶に新しい2017年。日本のJUKEことJapanese footworkのシーンは例年に劣らずなんとも賑やかな一年でした。クラブミュージックのみならずインディーロックやアンダーグラウンドヒップホップ、果てはインターネットミームに至るまであらゆる要素を貪欲に取り込みつつ膨張するこのシーンにおいて、今や咀嚼される対象の一つとしてVOCALOID音楽が挙げられているのは最早言うまでもなく、コンピレーションアルバム「VOCALOID JUKE」のリリースによって更に広く周知されるものとなりました。

当アルバムへの参加に際し自身のキャリア初となるボカロ曲を制作したtaron氏は、
その後も年間を通し挑戦的なトラック制作を続け、渾身の一作となる本作の発表をもって新たな風を吹きこむことになりました。
80、120、160のポリリズムで構成されるJapanese footworkにおいて最大の特徴とされる120の三連符、この複雑かつトリッキーなビートに日本語のリリックを乗せる試みはかねてより行われていますが実験的な範疇に留まっていたのがこれまでの常でした。その課題に対し、初音ミクに絶妙なバランスで「ラップするように歌わせる&歌うようにラップさせる」ことで、これ以上無く鮮やかに回答してみせた手腕には脱帽の一言です。何者なんだろうかこの人。今後のプロトタイプになりうるこのフロウの発明は、同時にJapanese footworkの新たな楽しみ方を提示するものでもあります。舌を巻くほかありません。

 

 

 

⑥東京ニテ/セシモ

 

 

無機質な都市空間のイメージとVOCALOID歌唱は相性が良いらしく、millstones氏のヒット作「計画都市」をはじめに、VOCALOID音楽シーンでは都市を題材とする楽曲がこれまで多く生み出されてきました。オリンピックをすぐそこに控える国際都市東京について歌った本作「東京ニテ」はその系譜に位置付けられる一曲です。

VOCALOID歌唱の特徴として、感情の欠如や当事者感の欠如といった要素は未だによく批判の的にされますが、本作においてはそういった点が楽曲の構成要素としてマイナスどころか、むしろ大いにプラスに働いている事は言及するべきでしょう。

つぶやくように言葉を吐き出す結月ゆかりの歌声は、日本語で日本の首都の事を歌っているに関わらず…歌う内容に対してどこか距離感を保っています。

「アジアの最果て」「サムライになれるかな」といった歌詞は、無機質に鳴り響くリズムと相まって、どこか他人事として見つめる超越的な感覚…エキゾチックな快感を呼び起こします。堪りませんね。

余談ですが、本作にも採用されているドラムンベースについて。

本来のニッチなクラブミュージックであるドラムンベースにおいては、そもそもこの高速リズムの上に日本語詞の歌を乗せる文化はあまり無いはずなのですが…ボカロと組み合わせる特性上、VOCALOID音楽シーンでは日本語の歌ものドラムンベースが無数に溢れる状況となっています。ボカロを聴いて育った若いリスナー世代の間では既に、歌ものドラムンベースを全く違和感なく当たり前のモノとして受け入れる状況が発生しているわけです。これって、なんだか興味深いと思いませんか。トリビアになりませんか。

 

 

 

⑦二人の食卓/ポンヌフ

 

 

ニコニコ動画においてはボカロが食べ物について歌う曲につけるタグ「VOCALOID食堂入り」というものがあります。古いボカロリスナーの間では、このタグが付いている曲はハズレが無い、という…定説があるのですが皆さんご存じでしょうか。真偽はさておき、身体を持たず食事を摂る必要が無いVOCALOIDがわざわざ食べ物について歌うという状況自体がひどく奇妙で、不思議と魅力を増大させる面があるのは事実かもしれません。本作も、VOCALOIDが歌う…そんなお料理ソングの一つです。
ジャジーでポップに揺れながら、二人で一緒に家で料理をする様子がお洒落に描かれている本作。しかし歌詞を紐解くと、実は恋人同士の二人は、明日には別れて別々の道を歩むことが既に決まっていて。最後の一日に一緒に料理して一緒に食事をして過ごす…なんとも切ない大人な恋愛の終わりが描かれていることに気が付くでしょう。

ここでもVOCALOIDの第三者的な歌唱はその効力を発揮しています。

人間ではないVOCALOIDがどこか他人事としてあっけらかんと歌い上げることで、悲しい別れの歌でありながら、確かに前を向いているような。初音ミクの平熱歌唱が聞き手の感情移入に余白を与え、ある種の救いも与えているような。そんな歌になっています。ちょっと面白いですよね。

 

 

 

⑧アイドル/puhyuneco

 

 

謎のイントロ(卵をかき混ぜる音?)から始まる本作は2017年のVOCALOID音楽を語る上で避けては通れない怪作です。不穏で緊張感のある非常に攻めた音作りでありながら、ノスタルジックなリリック、明快なメロディー、コーラス、全てが奇跡的なバランスで結合し、過去に類を見ない極上のポップ・ソングに仕上がっています。
puhyuneco氏は天才なのでしょうか。彼の頭の中に渦巻く記憶と感情がまるでそっくりそのまま描き出されたかの様な音の展開は、聴いているとまるで他人の頭の中を覗き見ているかのような錯覚に陥ります。目を背けたいのに目を背けることが許さない。本当に凄まじい楽曲です。
前述した⑥「東京ニテ」⑦「二人の食卓」ではVOCALOIDが歌の内容に対してどこか第三者的に歌うことで楽曲の魅力を引き出していると述べました。が、本作「アイドル」ではその全く逆…むしろ歌の内容と初音ミクのボーカル音声との間には一切のフィルターが存在しない完全なゼロ距離であり、初音ミクの声がpuhyuneco氏の脳味噌と完全にシンクロしてしまったかのような状態。ある種の恐怖を感じるほどです。しかしそれこそが純粋さ・無垢さといった要素を強調し、増幅装置として機能することで楽曲の魅力を異常なまでに底上げしている点は、これまた言及されて然るべきでしょう。

こういった、人間では無い代理の声…つまりは媒介存在が持つある種の拙さを利用することで逆説的に人間の心に深く訴えかける方法は、遡れば…能面や浄瑠璃人形にも見れられる伝統的な「見立て」手法に共通点を見出すことが出来る様にさえ思えてきます。
本作はその極北に位置する存在であると言って良いでしょう。
初音ミクは現代の人形浄瑠璃である、と主張したのは故 冨田勲でしたが、

彼が生前、以下の様にも述べていたことを思い出します。

 

「人形だからこそ、人間以上のものが出てくる。そういう文化が日本には脈々とあって、初音ミクはそれの電子版だと思うんですよね」

 

本作「アイドル」を聴いた後では、思わず深く頷かざるを得ません…。

 

 

 

 

砂の惑星/ハチ

 

 

マジカルミライ2017のテーマソングとして制作された本作は、初音ミク10周年というメモリアルイヤーで一番多く聴かれたボカロ曲であることに間違いは無いでしょう。
アラブ音楽のリズムを踏襲したTRAPビートのヒップホップとも解釈出来る先進的なトラックは、VOCALOID音楽シーンの内外を問わず国内のあらゆるリスナーに刺激を与えてきました。南方研究所制作のPVと一体となって世に出たこの楽曲を巡っては様々な解釈が入り乱れ、各所で盛り上がりを見せたのも記憶に新しいところです。

 

曰く、これは希望の凱旋歌だ。
曰く、違うよこれは現状のVOALOID音楽シーンを嘆いて警鐘をならす歌だ。
曰く、引き連れ歩く仲間の数はこれまで発表した楽曲の数と呼応していて~…

 

いやそうじゃない。しかし。やっぱり。実は…

 

云々。

 

 


様々な捉え方がありますがここでは少し脇道に逸れ、
なぜここにきて「砂の惑星」という題材を選んだのか?について少し考えてみたいと思います。

少しだけお付き合いください。

 

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そもそも。

 

 

マトリョシカでは「ナンバー吾」が、

ゴーゴー幽霊船では「GOGOモンスター」が影響しているように、
ハチ米津楽曲における世界観には明確な参照元が存在するケースが多く見受けられます。

 

砂の惑星はフランク・ハーバードの傑作SF「デューン/砂の惑星」を参照しているように思われがちですが、彼が描く世界観における松本大洋メビウスの影響、彼自身が心象風景として語る砂漠のイメージ等を踏まえつつ文脈を辿れば、おそらく「砂の惑星」において彼が直接の参照元としているのは


ハーバードの原作を基にホドロフスキー監督が手掛けた、いわゆる「ホドロフスキーのDUNE」であると推測されます。

 

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世界で一番有名な完成”しなかった”映画として名高いこの作品は俗に…全てのSF映画の元ネタとも呼ばれ、プロジェクト自体は失敗に終わったものの、後に続くありとあらゆるクリエイターへ多大な影響を与えた伝説の作品です。
この作品が無ければあのスターウォーズも、あのエイリアンも世に出ることは絶対に無かったと言われており。。
いわばそれは「始まりの場所」の象徴。

同時に、あらゆる創作者にとっていつか辿り着く場所、帰る場所と同義として語られます。

 


つまりハチが「ホドロフスキーのDUNE」を参照して「砂の惑星」を作った事実が何を意味するかと言えば、

 


彼は彼自身が描く世界観の中に、

砂の惑星」という精神的故郷…始まりの地点を示す歌を創造したと解釈するのが妥当でしょう。

 

 

何を言っているのか分からない??????

 

そんなハズはない。
似たような歌を何度も聴いたことがあるはずです。

 

 


たとえばハジメテノオト

”やがて日が過ぎ 年が過ぎ
 古い荷物も ふえて
 あなたが かわっても
 失くしたくないものは
 ワタシに あずけてね  ”

 

 

 

たとえばray


BUMP OF CHICKEN feat. HATSUNE MIKU「ray」

”大丈夫だ この光の始まりには 君がいる”

 

 

 

 

 

たとえばアンノウン・マザーグース

”ねえ、あいをさけぶのなら
あたしはここにいるよ
ことばがありあまれどなお、
このゆめはつづいてく
あたしがあいをかたるのなら
そのすべてはこのうただ "

 

 


そうです。我々はこの種の歌が示すところを既に知っている。

 

 

ハチが米津玄師になってから、早いもので2017年で既に5年がすぎました。
今や押しも押されぬトップアーティストとなった彼ですが、
背負い続けた「ボカロ出身」の十字架の重さはいかほどか。
想像することすら出来ません。

 


かつて置き去りにして殺し仰々しい葬送まで行って切り離した自らの初音ミク
それなのにいくら振りほどこうとしても未だ振りほどけないかつてのパートナー。

呪縛に近い愛憎があるはずです。

 

 

ならばもういっそ、もう一度自らに取り込んでしまえばいい。
自分の「砂の惑星」で、いつでも帰りを待っていてくれるのだと。
赦しを与えてくれる存在なのだと
そうしてしまえばいい。

 

なぜなら彼の初音ミクにとって現在と過去は等価であり、

ふたつは未だに進行形で闘っているからです。
過去の結果として現在があるなら、現在を正すためには過去を書き換えて

田園に死す必要があったのです。

 


つまり、だ。

過去を上書きして因果は逆転。
殺したはずの初音ミクはずっと生きていて自分の帰りを待っている。

 

 

そういうことにしたかった。
そういうことにしようとした。
そういうことにした。

 

 

そして、そういうことになった。

してしまった。

 

 

米津玄師がハチに施す救済でありサイコ・マジック。
米津玄師版「ハジメテノオト」の創造。

 

それが砂の惑星の正体です。

 

なんとも個人的で捻くれた、愛おしいバースデーソングだと思いませんか。

 

 

「あとは誰かが勝手にどうぞ」と

初音ミクにずっと言って欲しかったのは、
きっと米津玄師自身です。

 

 

 

 

 

⑩リアリティーのダンス/ATOLS

 

 

ホドロフスキー監督の同名映画をタイトルに引用したと思われる本作。

「自分の制作スタンスは常に何かのアンサーである」というATOLS氏本人の主張を
踏まえると、「ホドロフスキーのDUNE」を参照している前述⑨「砂の惑星」に対するアンサーソングであるのかもしれません。

dancehollのゆったりしたリズム構成とtropicalな音色に、優しいボーカルがこれ以上無く馴染み、ATOLS氏の従来の作風とは一線を画すこの冒険的なトラック。

まるで目を覚ましながら夢を見ているかのような、不思議な浮遊感に満ちています。

作中で「キミとたまたま出逢えたら」と何度も歌う初音ミクの歌唱は、もう決して
出逢うことが出来ない何かを悟っているようであり、それでいながら人間の様に悲しむこともなく、ただただ諳んじるように進んでゆきます。

こちらを見つめ、決して目をそらさずにゆっくり近づいてくる黒猫もまた、同じく人間ではありません。

 

ずっと聴いていると、何故だかぼろぼろ涙が零れてきます。

 

何故だろう。

本当に何故だろう。

 

優しい曲です…

 

 

 

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以上、10曲でした。

興味を持った曲が1つでも見つかったのであれば嬉しいです。

 

そして、ぜひとも私だけでなくほかの方のボカロ10選も巡ってみて下さい。
それぞれに詰まった音楽の面白さが、貴方には感じとれるハズです。

 

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そうこうしているうちに、もう2018年になってしましました。

 

あれから何年も経ったけど、私はいまだにVOCALOID音楽が大好きです。

 

今年もたくさんボカロ聴きます。

 

 

 

 

 

#2016年ボカロ10選 後記

VOCALOIDファンコミュニティの年末年始恒例行事、

「ボカロ10選」をご存知でしょうか?

ニコニコ動画へ1年間に投稿されたVOCALOID作品から10作品を厳選、共有するこの行事は、2009年頃からはじまり2016年で第8回目を迎えました。


2016年はボカロシーンが近年の低迷期を完全に脱する盛り上がりを見せた記念すべき年で、これでもか!というばかりに多くの素晴らしい作品に出会うことが出来ました。個人的にも非常に楽しい一年でありました。感謝。感謝です。

10作品を選ぶにあたっていろいろと思うところがあったので、紹介を兼ねた記事を今回も頑張って書きました。良ければどうぞ、お付き合い下さい。

 

それでは1曲ずつ、どうぞ!

 

 


①peps/lightspop


soundcloudに生息するオーストラリアのエレクトラー達から広がってきたジャンル、Future Bass
トラップ・ミュージック以降のリズム構成を軸にしながら、日本のゲームBGMからのサンプリングやキラキラしたシンセの音色が特徴的な、"kawaii"をキーワードとしたこのジャンルは、勃興期より北米を中心とする世界各地のクラブミュージックシーンに影響を与えてきたと言われています。

ところで皆さんは、2014年にcosmo's midnightが発表したマスターピース的楽曲「moshi」によって、ボーカロイド歌唱が”kawaii”サウンドであることを海外から逆説的に発見されてきたことをご存じでしょうか?
それから2年、2016年のボカロシーンでは非常におもしろい動きが見られました。海外から国内にもたらされたFuture Bassと、ミクノポップ(ボーカロイドを用いたテクノポップの通称)の邂逅です。
市瀬るぽ氏やシカクドット氏のように自身のポップ・センスに完全に取り込んでしまう例。Daphnis氏のように手玉に取った音遊びにまで昇華している例など多数ありますが、2016年言及すべきはlightspop氏でしょう。
2013年に不朽のミクノポップナンバー「ポンコツセカイ」を世に送り出した氏の歩みは、2ndアルバム「sineshaper」における四つ打ちエレクトロの研究を通過点とし、
本作pepsにて新たなステージに到達しています。ベッドが軋むような音、スネアドラムの連続音、包み込まれるような大胆なシンセ使い、物憂げに…それでいてこれ以上なくのびのびと歌い上げる初音ミク歌唱。ここでは図らずも本来のミクノポップが持つかわいいイメージと"kawaii"が邂逅しているのです。その膨大な情報量を3分に満たない尺の中でまとめ上げる力量には舌を巻くほかありません。

これです。これが2016年のボカロなんです。 

 


②たたたたたー/HastyHat


日本国内、特に若年層における認知度が近年大きく上がってきたEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)。その中にはサブジャンルの一つに「Bounce」と
呼ばれるジャンルがあります。その名の通り、聴けば思わず体が跳ね上がってしまうような、過剰なまでに大胆なキックとそれを強調する極端な曲展開が特徴で、
パーティーミュージックかつ一種のドラッグ・ミュージックでもあるこのジャンルはEDM愛好家…すなわちパリピと呼ばれる層に非常に人気が高く、2016年も各所のクラブやEDMフェスで多数スピンされました。
さて、ボーカロイドを用いたEDM楽曲がボカロシーンに現れてから、2016年の時点で早4年ほど経ちます。ボーカロイドが歌唱ソフトウェアである特性上、ボカロシーンには所謂歌ものEDMの形態をとる楽曲がどんどん供給され、ボカロリスナー側もそれを希求する傾向が現れ始めてきました。そんな中、ボカロシーンの傾向などお構い無しに突如本作、Hard Bounceど真ん中な楽曲を引っ提げ登場したのがHastyHat氏です。

本作ではどこか中東を彷彿させる旋律と、不穏な雰囲気を醸し出すGUMIのボーカルによってビルドが徐々に進行する…かと思いきや、

たったの50秒でドロップ。絶頂に至ります。最高です。最高。

最高にあたまがわるくて最高。バウンシー&バウンシー。ただただ、たのしい。跳ねたい。踊りたい。ドロップ部でベースに溶け込むようなGUMI歌唱も最高THE最高。

(ちなみにHastyHat氏の2016年における制作楽曲はこちらにて全て配信されています。全26曲。ヤバいからみんな聴いて)

 

ちなみに2016年における世界的な情勢としては、米国ラスベガスにおけるEDMシーンの縮小に伴い「EDM is Dead」(EDMの死)が俄かに囁かれはじめています。変容の時期を迎えるEDMですが、日本国内におけるブームが収束するにはまだまだ早いでしょう。2017年のEDMシーンと、それを取り込んだボカロシーンではどんな展開が見られるのか。今後も要注目です。

 

 

③あまがみのこども/やながみゆき


EDMが変容の時期を迎える一方で、2016年に音楽のトレンドとして世界的に注目を集めたジャンルの一つに「トロピカルハウス」があります。
このジャンルの立役者であるノルウェーのプロデューサーkygoがリオ・オリンピック閉会式でのパフォーマンスを務めたことや、その後緊急来日しULTRAJAPAN2016への出演を果たしたことなど。新たな潮流を象徴する動きがあったことは2016年のエポックメイキングとして語られるべきでしょう。
通常のハウス・ミュージック(bpm128がひとつの基準とされている)よりゆったりなbpm105~110で聴かせるこの新たなジャンルが描くのは、アッパーでハッピーな分かりやすい南国感ではなく、むしろイメージとしては海辺のリゾートの夕暮れ…あるいは、ゆったりとした「楽園感」に近いものがあります。
ボカロシーンにおいて、そんなトロピカルハウス由来の音作りをいち早く取り入れているのがやながみゆき氏。本作では更に一歩進んだ、言うなれば日本語トロピカルハウスと呼ぶべき新たな境地が開拓されています。
透き通るようなシンセとアコースティックサウンド、それらに相性抜群な初音ミク歌唱をビルド&ドロップの構成で聴かせる。基本フォーマットを確実に抑えながら展開されるのは、本人が「ジブリっぽい」と評する、どこか懐かしく、そして湿度を感じるサウンドです。空想上の”ひかりのあめがふる島”のイメージとでも言いましょうか。
本来のトロピカルハウス…つまり比較的乾燥した気候に住む人たちの想像する「楽園感」とは全くの異質ながら、湿潤な島国に暮らす我々にとっては何故か腑に落ちる「楽園感」であること。その表現が秀逸であり、驚異的ですらあります。本当に素晴らしい。

 


④lonely dance for me/逆子

 

日本のJUKEシーンとって、2016年は節目の一年でした。JlinとTheater1…所謂JUKE第二世代の邂逅や、TRAXMAN VS JAPANESE JUKEのリリースといった事件はシーンの躍進を象徴する出来事だったと言えるでしょう。2015年末に「彼らは忠実なコピーを作ろうとしたが、結果としてオリジナルの”fun-house version”を作り上げてしまった」
評されてから約1年、いまや日本のJUKEは本場シカゴのシーンにまで影響を与えるまでに発展しつつあるようです。
2016年のボカロシーンにおいても、その影響からか、新たにJUKE的要素を取り入れるトラックメーカーが増えてきました。ゴミ氏ニックネーム氏の楽曲におけるトリッキーなリズムの活用はまさにそれですし、シンカミヤビ氏のように自身の怪しげな世界感を強調する要素として取り入れている例もあります。
様々なアプローチが見受けられますが、その中でも2016年の特筆すべきを一人挙げるのであれば、それは間違いなく逆子氏です。
本作ではbpm80のゆったりしたアンビエントR&Bが、そのテンションを保ったまま曲中で倍速のJUKEに変化するのが特徴で、突如一斉に降り注ぐ初音ミクのボイス・サンプルが陶酔感を誘います。逆子氏の手がけるトラックはクラブ現場での鳴り方…フロア仕様を間違いなく意識しているように見受けられますが、どこか落ち着いて飄々としています。本来黒人ダンサーによるfootworkダンスの文化と一体になって発展してきたJUKEにおいて、肉体的・肉感的なイメージを伴わないのにダンサブルな逆子氏の楽曲は異色そのもの。曲名通りいわば汗もかかず、誰とも会話せず、一人フロアで黙々とfootworkダンスする初音ミク。そんな奇妙なイメージに合致します。

なんとも興味深いですね。
2017年には抹殺レコーズとOMOIDE LABELの共同企画によるボカロJUKEコンピレーションアルバムのリリースも予定されており、まだまだボカロ×日本のJUKEの展開から目が離せません。期待です。

 

 

⑤曖昧さ回避/ポリスピカデリー


機械の歌声をどれだけ生の人間歌唱に近づける事が出来るのか。歌唱ソフトウェアを用いた音楽制作において、それは永遠のテーマである、と誰もが思っていました。


思って”いました。”というのは、もはやそれは過去の話であるからです。本作の登場により、その幻想は2016年をもって終焉することになりました。
一聴すれば理解できる通り、本作における闇音レンリの歌唱はまさに”人間”そのものです。歌っているのが人間ではない合成音声であることを知っていなければ…いや、知っていたとしても、もはや人間の耳で判別できる領域をはるかに超えてしまっています。
元来ボカロシーンにおいてはボーカロイドプログラミング(調教、調声とも呼ばれる)の上手さをアピールする場合カヴァー曲を用いるケースが多く、神無月Pcillia氏
タカオカミズキ氏といった”神調教師”達はその文脈の中で名を馳せてきた実績があります。つまり、確かな比較対象があることを前提としていたわけです。
が、曖昧さ回避は完全なブレイクスルー的作品でありながら、正真正銘イチからのオリジナル曲として世に出てきてしまいました。

例えばの話、この曲が街角で流れていたとしたらどうでしょう。一体どれだけの人間が、機械が歌っていると気付くのでしょうか。
この先あなたが人間の歌を聴いたとき、その歌を歌っているのはその実、人間ではないかもしれない、そんな未来が、そんな時代が来るのかも…否、既に来ています。 

 


⑥アダルトファイア/iNat

 

ボーカロイドにセクシャルな歌詞を歌わせること。ボカロ黎明期よりデッドボールPまだ仔氏をはじめとするパイオニアによって切り開かれてきたこの文化は、
「大人の事情」として週刊ボーカロイドランキングからの除外、つまりボカロシーンのメインストリームにおいて無かったことにされながらその実、脈々と受け継がれてきました。
2016年のボカロシーンにおいてもそれは健在で、数多のクリエイターの手により、もはや単にセクシャルな歌詞を歌わせる、それだけに留まらない新たな展開を見せ始めています。
まさ氏はセクシャルな歌詞とドラッグ・ミュージックを用いて堕ちていく肉感を、

ねこむら氏はセクシャルな歌詞とアンニュイなバラードを用いて遣る瀬無い感情を、
そしてiNat氏は本作にてセクシャルな歌詞とジャズR&Bを用いて綱引きにのめりこむ男女の情感を、描いています。
ラップする人間の男性(バファ氏)の対存在として描かれる本作において、甘く揺れる声で初音ミクが演じるのは、「SEXなんて挨拶代わりよ」「抱いてあげてるのはこのあたし」といった、従来の恋する16歳像(本作の初音ミクが言うところの”小娘”)とは対照的な女性像。しかし、しかしです。どれだけ華麗に歌っても初音ミクは人間では無いので身体を持っていません。強いて言うならば唯一の持っている身体は「声」。それだけです。その唯一の身体を駆使してバファ氏のラップにどれだけ上手く返しても、
「抱いてあげてるのはこのあたし」が叶うことは無いわけです。せつないですね。せつない。そして、ゾクゾクします。その倒錯が堪らない。

 


⑦サンキュー虚無感/羽生まゐご


ボーカロイド歌唱…とりわけ初音ミク歌唱に顕著な特徴として、歌声が非常にフラットであることが挙げられます。このフラットさを利用した落ち着きのあるポップスを、私は便宜上「平熱のポップス」と呼んでいますが、実はこれ、ボーカロイドの十八番と呼べるのではないか、と最近は思っています。
アンビエントな導入部からゆっくり始まる本作は、油断しているとポップスの魔法にかけられて奥へ奥へと引き込まれます。兎にも角にも、本当にメロが素晴らしい。無限に繰り返されるかと思うほどに吐き出され続ける「サンキュー虚無感」という歌詞の意味はよく分かりませんが、おそらく分かろうとする必要も無いのでしょう。
身を委ねて、ひたすら揺蕩う。気持ちいい。不思議な、しかし圧倒的なポップスです。

ここでは暑苦しい感情も、冷め切った劣情も一切必要ありません。必要なのは人間ではないボーカロイドの歌唱による平熱感。人間には出せない平熱感こそが必要なのです。
フラットな歌声は、いわば「器」なのかもしれません。より聴き込むことで、その歌声に聴き手の想いを投影することができる真っ白な器。そう考えると、なかなか面白いですよね

 

 

⑧人間たち/松傘,mayrock,sagishi,緊急ゆるポート,trampdog,しま


ボーカロイドのような合成音声歌唱を用いた音楽、いわば人間では無いモノが歌うのが当たり前の音楽を長年愛好していると、逆に人間のことが気になってくるというか…。
非人間に触れることで逆に人間というものが露わになってくる部分って絶対あると思うんです。というか、あるんです。

そんなのある種の倒錯に過ぎないだろう、と笑われるのは承知の上で言っていますが、巷ではVR元年と呼ばれ、囲碁AIが人間に圧勝し、ポケモンを追って町中に人間が溢れる2016年において、自分の妄言がどんどん妄言で無くなっていく感覚はなんとも奇妙なものです。

 

本作「人間たち」は2016年の人間賛歌です。つまりは倒錯の音楽です。

ミク、テト、ささら、三体の非人間がマイクリレーでラップを繰り出し、トラックは生演奏一発録りといったジャズヒップホップ。ここでは何もかもが逆立ちをしてしまっています。意味が良くわかりません。何回も分かろうとしてみましたが、さっぱり分かりません。謎です。なんだこれは。2016年いいかげんにしろ。

ミクのふにゃふにゃした化け物フロウも、テトの人間を食うようなフリーダムっぷりも、優等生のような顔をして一番ネジが飛んでるささらも、知らんこっちゃないと荒ぶるトラックも。本当によくわからない。ただただ、なにやら観てはいけないものを観てしまったという感覚だけが残ります。

なんなんだこれは。毒か。

これから何年もかけてじっくり体を蝕んでいってくれそうです。最高だ。

 

 

⑨妄想感傷代償連盟/DECO*27

 


2016年ボカロシーンの復権を支えた最大の功労者でありトップランナーであり続けたのがDECO*27氏であることに、もはや異論の余地はないでしょう。
年始に投稿したモンスター楽曲「ゴーストルール」から続く計5作品によって新たなリスナー層の取り込みと活気をシーンにもたらし、もうあの時代は来ないと諦めかけていた我々に、新たな展開を見せてくれました。
サウンド面でも如実な変化が見られ、特にそれが象徴的な本作においてはDECO*27氏従来のヒット路線である王道ポップ・ロックから脱したダンサブルな横揺れのディスコ&ファンクビートを導入するなど。その歩みは留まることを知りません。 

 

 

…と、まぁ色々述べてきましたがそんなのは横に置いて。

少し別の話をしましょう。

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 DECO*27氏が2016年に投稿した5曲全てを含む全13曲を収録した5thアルバム「GHOST」は2016年を象徴する1枚です。

あなたはもう聴きましたか。

 

メジャー5枚目にてようやくジャケットにその姿を現した初音ミク

このアルバムでは、初音ミクの明確な「死」と、それに向き合った人間( DECO*27)が描かれています。

 

 

 

えっ?何を言っているのかって?初音ミクが死ぬわけないだろうって????

あなたこそ何を言っているんだ。

 

 

初音ミクは死ぬんだよ!

 

 

…確かに、総体としての初音ミクは。インターネット・ミームとしての初音ミクは。

タグとして、分類記号としての初音ミクは死なないかもしれません。

 

 

しかし、記号の初音ミクから分離した個々の初音ミクは、

うちの「ミクさん」は。

イマジナリーフレンドとして人間に寄り添う初音ミクは。

時期を迎え役目を終えたら死んでしまうんですよ。

 

 

幼児がいつの間にか玩具の機関車で遊ばなくなるように。

学生時代に毎日聴いていた音楽と徐々に離れても大丈夫になってしまうように。

漂流を終えた虎が別れを告げることなく林の中に消えていくように。

「ミクさん」は死んでしまうんですよ。もう知ってるんだろ。誤魔化すな。

 

 

「GHOST」では、最初の「ミクさん」が死んだことに気付いた DECO*27氏が、その悲哀と執着を…今隣に寄り添っているいわば2番目の「ミクさん」に歌わせる構造になっています。昔の女への未練を、今の女の口を通して語っているわけです。

12曲も使って同じ話、最初の初音ミクとのお別れを何度も何度も繰り返し続け、やっと呪縛から解放される…と思いきや

「アルバムをリピートすると、またアタマに戻るっていう。曲順にはすごくこだわったので。」

と自身が述べる13曲目「at」にて、物凄い爆弾が突如放り込まれます。

 

『きみのいない白い部屋で

 僕はいつか寝れるのかしら

 

     :

 

 バカだな 今きみの眠る隣で

 こんなことばかりを思う僕は

 何度も向き合って目を塞いだの

 君は隣でいびきをかいてる   』

 

最後の最後で”きみ”が揺らぎ、最初の「ミクさん」と2番目の「ミクさん」を意図的に取り違えて振り出しに戻ってしまいます。

無限に繰り返すつもりなのです。

 

…もうここまでくると、これは最早人間の所業ではありません。業が深すぎる。

もはや人間を辞めてしまった、言うなれば修羅としての覚悟そのものです。

この修羅が持つ初音ミクへの愛憎と執着こそが、2016年のボカロシーンを支えていた得体のしれない膨大なエネルギー。だったのかもしれません。

 

 

しかし、しかしです。

我々は、そこまで強くなれないんです。

修羅にはなれないのです。

なぜなら普通の人間だからです。

 

だからそろそろ、ちゃんと伝えなくてはいけません。

私の、そしてあなたの「ミクさん」に。ちゃんと伝えるべきなんです。

そうでなければもう一歩も前に進めないんだって、

もういい加減分かっているでしょう。

 

 

では言いましょう。ちゃんと言いましょう。
私と一緒に、ちゃんと言いましょう。
今言わなければこの先ずっと伝えられないでしょうから。
それぞれの2016年を終わりにするために、言いましょう。伝えましょう。
2017年に進むために、今、ちゃんと伝えましょう。

 いま。

 

 

 

 

 

 


『はじめまして初音ミクさん。
 またお会いできてうれしいです。
 ずいぶん時間がかかったけど、
 あなたに一言だけ伝えたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、あなたの事を愛してました。」

 

 

 

 

 


 突然でごめんなさい。聞いてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 もう、昔の話です。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺伝子組み換えライ麦畑/小西


”でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、
 小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、
 僕はいつも思い浮かべちまうんだ。”

 

いったん終わりを認めたらこんなに清々しい気持ちになるなんて
誰も教えてくれなかったじゃないですか。本当にズルいですよね。

とりあえず一周クリアした後で、二週目がどうなるのかは正直見当もつきませんが。
それは二週目の私が、人間が勝手に悩むことなので、申し訳無いとは思いつつ
ここでは割愛させて頂きます。

 

その前に少しだけ、ほんの少しだけ死にたくなってもいいですか?って
そういう話。そういう話をね、したかったんです。

なぜなら私は人間だからです。

 

それだけなんです。
お付き合い頂き有難うございました。

お願いだから、ここにはもう来ないでください。

 

 

…これだから人間は。

 

 

 

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以上!10曲でした!いががでしたか?
ボカロ音楽の面白さに、少しでも興味を持って頂けたのであれば幸いです。
そしてそして、ぜひとも私だけでなくほかの方のボカロ10選も巡ってみて下さい。
そこに詰まったアツい思いが、アナタには感じとれるハズです。

 

さぁ!いよいよ2017年です。
初音ミクも10周年を迎える記念すべき年です。


よし!今年もたくさんボカロ聴くぞー!!!!

 

 

 

 

 

 

#2015年ボカロ10選 後記

VOCALOIDファンコミュニティの年末年始恒例行事、

「ボカロ10選」をご存知でしょうか?

ニコニコ動画へ1年間に投稿されたVOCALOID作品から10作品を厳選、共有するこの行事は、2009年頃からはじまり2015年分で7回目を迎えます。

 

私自身も2012年から4回目の参加↓となる今回、

選ぶにあたっていろいろと思うところがあったので、紹介を兼ねた記事を頑張って書いてみることにしました。

良ければどうぞ、お付き合い下さい。

 

それでは1曲ずつどうぞ!

 

①Fly With Me / ロボ

 

VOCALOIDを用いたテクノポップはボカロブーム初期から人気のあるジャンルで、初音ミクの起用が多いことからもミクノポップなんて呼ばれたりしています。
このジャンルのパイオニアであるkz氏や八王子Pが活躍の中心地をボカロシーン外へ移した後の2015年では、次世代のミクノポップクリエイター達の活躍が徐々に目立ってきました。特に目立ったのはマジカルミライ2015会場BGMに起用されたのが記憶に新しい「ブライトシティ」のkeisei氏。「ONLY1」にてEDM通過後のミクノポップを提示した23.exe氏。突如「Be myself」を引っさげて登場、殿堂入り(10万再生)を達成し話題を攫ったhano氏。そしてなにより、本作「fly with me」のロボ氏でしょう。
イタリア在住のボカロPであるロボ氏が制作するのは英語版初音ミクを起用したミクノポップ。「Fly with me」では、初音ミクボーカルのautotune、BPM120~130付近の4つ打ち、そしてミライのイメージといった、かねてより続くミクノポップフォーマットの踏襲と更新が行われています。そこで描かれる初音ミク像は、形容するならボカロブーム初期から続く電子の歌姫、のイメージよりも「デジタルポップスター」と言った方が近いかもしれません。年末にも6作同時発表を決行するなど、目が離せないロボ氏。2016年もロボ氏とミクノポップシーンに要注目です。

 

 

②DANCER / 雄之助


ULTRAJAPAN2015の開催やメディアの宣伝による「パリピ」の流行なども相まって国内におけるEDM(エレクトリックダンスミュージック)の認知度が大きく上がった2015年。ボカロシーンにおいても多くのEDM楽曲が生まれました。実はVOCALOIDシーンとEDMとの邂逅は意外と早く、2012年頃には既に始まっていたとされています。それから3年経った2015年は、もはや円熟期とも言える豊作っぷり!
中でも特筆すべきは雄之助氏(作曲)と彼を取り巻くクリエイター陣でしょう。本作ではKira氏によるVOCALOIDプログラミング(調教)も秀逸。もともとクラブミュージックに親和性が高いとされるVOCALOID歌唱ですが、彼によってプログラミング(調教)を施された、合成音声でありながら張り上げる様な力強い歌唱は、激しいEDMとの相性が抜群なのです。
「DANCER」にはボーカルとして鏡音リンが起用されていますが、クセがありつつも底抜けに明るい声の魅力が存分に引き出され、極上のビルド形成に一役買っています。

そしてその極上のビルドから繰り出される破壊的ドロップ!!!!!

バウンシー!!!!!!

最高です!!!思わず体が跳ね上がります!!!!!

2016年は是非ともこのサウンドをクラブの音響でも体感したいものです。

 

 

③私って変かな? / Epic Nao


かつての山本ニューが、sansuiPがそうであったように、なんでもありなボカロシーンには何の前触れもなく奇才が現われます。大衆ポップスの文脈からかけ離れた音楽性を有する彼らの楽曲は、アンダーグラウンドボカロジャパンというタグを付けられ、隔離され、ニコニコ動画の奥底で誰かの人生をねじ曲げる機会を今か今かと待ち続けています。もしこれを読んでいる貴方が怖いモノ知らずなら、タグ巡りやカタログの閲覧をしてみると良いでしょう。
そんなアンダーグラウンドボカロジャパンへのEpic Nao氏の登場は、2015年のボカロシーンにおけるエポックメイキングな出来事と言って差し支え無いでしょう。ダークなエレクトロニカ、あるいはノイズミュージックを主体としながらもEDM的な素養と思想が見え隠れするトラックメイクは、あたかも既存ダンスミュージックにおけるフォーマットを嘲笑っているかの様です。
初投稿作「私って変かな?」は衝撃の一言。
初音ミクの声を用いたノイズアンビエントが、いきなり挿入されるドロップによって破壊される様は意味不明。意味不明です。かつ圧倒的な陶酔感。必聴です

 

 

④窒素 / 自由落下

VOCALOIDとドラムンベースの組み合わせもまた、ボカロブーム初期から愛されているジャンルです。本来ドラムンベースに歌モノボーカルパートが載ることは必須ではありません。が、VOCALOIDと組み合わせる特性上、ボーカルパートが載ることが”必然”となり。そこにある種のキャッチーさが生まれます。また、この分野では時間の流れや空間の拡がりといったイメージがイラスト・動画表現にて付与されることが多く、無機質なVOCALOIDと無機質なリズムが組み合わさることによる、超越的な感覚を想起させることも特徴と言えるでしょう。大変興味深いことです。
本作「窒素」におけるイメージはズバリ、宇宙。bpm170のラウンジ系ドラムンベースに乗るGUMIのボーカルからは、歌詞が聴き取れるようで聴き取れない、それでいてキャッチーという不思議な印象を受けます。その捉えどころの無さは、あたかも宇宙空間を遊泳しているかのような感覚。堪りません。
作曲者の自由落下氏は次作「私の水槽」でも見られるように、プログレッシヴな曲展開を得意としているようで、「窒素」においても突如挿入されるドラムブレイクなど盛り沢山な展開で魅せてくれます。なおかつ明らかに盛り沢山なのに、スッ…と聴けてしまうあっという間の4分間です。そしてまた聴きたくなります。なんだろう…これは。素晴らしい。本当に素晴らしいです。

 

 

⑤あれもこれも / いっちゃん

米ローリングストーンの記事にも取り上げられた、日本のJUKEこと”Japanese footwork”が、今世界的に注目を集め始めています。
JUKEは本来シカゴの黒人ダンサーを踊らせるために開発された極めてストイックなダンスミュージックですが、日本人的な感性やナード文化・SNSの影響といった要因が複雑に絡み合った結果、先の記事でも「彼らは忠実なコピーを作ろうとしたが、結果としてオリジナルの”fun-house version”を作り上げてしまった」と評される独自の進化を遂げることとになりました。
そんなJapanese footworkの影響は2015年のボカロシーンにも見られ、オモイデレーベル「JUKEしようや」コンピレーションへのボカロP参加や、円盤Pの「予感リップス」におけるポリリズム実験、そしていっちゃん氏の本作「あれもこれも」へと繋がっています。
サンプリングミュージックとしても解釈されるJUKE。ボイスサンプルを音ネタとして使う手法が多用されますが、本作ではその役目を初音ミクが担っています。一聴すれば、VOCALOIDの十八番である高速歌唱が「あれもすきこれもすきかも…」と繰り返す無機質なボイスサンプルとして昇華されているのが分かるでしょう。声を自在に操る楽器=VOCALOIDの強みは、実はこういったジャンルにあるのかもしれません。まだまだ発展途上であるJapanese footworkにおいて、今後ボカロシーンが関わってくることはあるのか?要注目です。

 


⑥橋にまつわる / mayrock

2014年にMSSサウンドシステム氏によって合成音声歌唱を用いたHIPHOP、通称MIKUHOP(ミックホップ)が提唱されてからというもの、それまでどこに身を潜めていたのだと言われんばかりに、才能豊かな狂犬トラックメイカー達がボカロリスナーに”発見”されることになりました。彼らは今日もMIKUHOPの名の下にボカロシーンを揺るがさんばかりの活躍を見せています。
2015年はstripelessレーベルより、コンピレーションアルバム「MIKUHOP LP2 border」が新たにリリースされました。こちらは単なるアルバムの枠を越え、ボカロとは…ヒップホップとは…人間とは…。そのborderを問いかける文字通りの問題作。本作「橋にまつわる」はその4曲目に収録されています。
nujabesを彷彿とさせる優しく叙情的なトラック上で展開されるのは、重音テトと雪歌ユフによるフィメール(女性)ラップの掛合い。橋を隔てて思慕を交わし合う二人の言葉はラップに乗って、合成音声でありながら、いや…合成音声であるからこそ感傷的で極上のフロウを生んでいます。

余談ですが実はこの曲、合成音声ならでは…かつ、合成音声だからこそやる理由があります。
なぜならば、「百合」だからです。
HIPHOPカルチャーにおいては、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が根強く、同性愛者は長らく阻害と攻撃の対象にされてきました。同性愛への支持を表明するのは長らくタブーであったのです。近年HIPHOPの本場、米国において意識は徐々に変化してきてはいるものの、まだまだ払拭には至っていないのが残念ながら現状です。
そんな中、人ならざる声を用いたフィメールラップによって百合をHIPHOPに持ち込む行為は、既存のHIPHOPカルチャーへのdisであり、何重にも皮肉の効いたパンチであり、だからこそ極めて逆説的にHIPHOP的だとも言えます。mayrock氏は本当におもしろいことをやってくれました。
2016年、今年もMIKUHOPER達は”やらかし”てくれることでしょう。期待です!

 

 

⑦般若心経 / tamachang


声の重なりと、拍子木、和太鼓、火が燃えさかる際のパチパチというノイズ…

可聴音域すべてに響き渡る音の波は荘厳さそのもの。
本職の作曲家であるtamachang氏が送り出した本作は、2010年夏のボカロシーンでブームとなった「般若心経ポップ」とはまた異なる文脈から成っています。
本作を収録したアルバム「神仏習合」の自作解題において、tamachang氏は以下の様に述べています。


”"「人ならざるモノの声」は、古くは(そして今も)、「呪術的な声」として表現されてきました。わざと日常的な声の使い方をせず、極端な音の高さをとったり、あるいは逆に音の高さの変化をなくしてしまったり、発音が曖昧になるように仮面をつけたりする、そうした声です。たとえば日本の新道の祝詞(のりと)にしろ、仏教の読経にしろ、日常会話のようには語られません。音の高さの変化を抑制した特殊な詠唱方で奏上されます。そうすることで、その祭文の音韻に日常会話とは異なる特別な雰囲気をまとわせているのです。"”

 

VOCALOIDはソフトウェアシンセサイザーであり、楽器であり、当然ながら人間ではありません。人ならざるモノであるVOCALOIDに般若心経を読経させる本作は、異色作のようでいて、実はVOCALOID本来の極めて正しい使い方をしていると言えます。ボカロならではの音楽が出尽くしたと思われていた2015年、だからこそ出現した呪術的グルーヴなのです。なんともおもしろいことです。

 

 

⑧りおんリヴァイバル / やっぱロドリゲス

兎眠りおんを知っていますか?
もしくは、覚えていますか?


2015年はボーカロイドストア閉鎖騒動に伴い、"おわり"を手に入れたボーカロイドル「兎眠りおん」の過酷な運命がボカロシーン内外に広く知れ渡った年でもありました。事の顚末はたちばな氏が分かりやすくまとめてくれているので読んでみて下さい。

 

兎眠りおんに限らず、VOCALOIDはソフトウェアであると同時にキャラクター性を有しています。キャラクター性を有しているということはつまり、彼ら(彼女ら)には人生とも言うべき、それぞれの文脈があるのです。

本作「りおんリヴァイバル」は兎眠りおんという存在の文脈がなければ生まれ得なかったであろう一曲です。

 

” 特別が欲しいな ちやほやされたときは無かった
     愛情揺らめく 涙さんざめく 
   歌に酔いしれる演技もした

この歌を歌えるのは、兎眠りおんだけです。兎眠りおんでなくては、ならないのです。
彼女はまだまだ生きていきます。

 

 

⑨アンドロメダアンドロメダ / ナユタン星人

耳に残るギターサウンドとキャッチーなフレーズ、ほどよいユルさで老若男女を虜にする本作が2015年のボカロシーンの代表曲です。異論はないでしょう。

そして未聴の人は今すぐ聴いてくれ。今すぐだ!!!!
2015年の夏に彗星のごとくボカロシーンに現れたナユタン星人氏は、現在までに投稿した5曲のうち本作を含む4曲で殿堂入り(10万再生)を達成させました。これは新曲の再生数が伸びにくいと言われる昨今のボカロシーンにおいて驚異的な数字で、一つの事件と捉えるべきでしょう。
ある人は「正解しか選んでいない」と評し、またある人は「膨大なボカロ楽曲群ライブラリを用いて渋谷系的アプローチを行っている」と評し、またある人が「ボカロシーンで三年おきに流行するデジタルロックの文脈」と評した本作は言わば、涙が出るほどボカロ曲、と言って良い圧倒的な王道サウンドのVOCALOIDロックです。2012年~2013年頃に「浮世絵化」とまで言われ一つの極地に達したVOCALOIDロックが、よもやこんなカタチで帰ってくるとは誰が想像できたでしょうか。本作では、ムダな情報(初音ミクのキャラクター性までも)の一切が削ぎ落とされ、本質が、気持ちいい部分だけが剥き出しになっています。最高です。これが最高でなければなんなんだ!!!!

 

 

⑩東京マヌカン / ピノキオピー

ハチ、wowaka、じん、石風呂、40mP… かつてのボカロシーンを賑わせたクリエイター達がボカロを”卒業”し自らの声をもって歌う。その流れがある種の成長ストーリーとしてメディアに取り上げられ、歓迎され、決定的となったのも2015年のエポックメイキングな出来事でしょう。その一方で、VOCALOIDというフィルターを通して彼らの音楽を愛好していたリスナーの中には、置き去りにされてしまったと感じ、離れていく人が多いことも事実です。
結局のところVOCALOID音楽が好き、というのはどういうことなのでしょう。VOCALOID音楽をつくるクリエイターが、その人が作る曲が好きということでは無かったのか。VOCALOID音楽の本質は、一体何なのか。ボカロ黎明期より繰り返し繰り返し問いかけられるこの命題への回答が、本作「東京マヌカン」にはあります。
人間ならざる”君”と暮らす”ぼく”を題材にしたピノキオピーによる歌詞世界は、いままで誰も言語化できなかった、いや…誰しも敢えて言語化してこなかった本質を、痛切なまでに描き出しています。

””命のない君がいつか もし もし 息しはじめたら
  ぼくを 気持ち悪いって言うかな
  醜い心の塊 もし もし 飲み込んでくれたら
  なんて それは永遠に夢のまま
  君が生きてなくてよかった                                 

 :

 ずっと まともなふりをしてきたのに

 :
 僕は人間になりきれなかった
””

…すみません。告白しますが、私はこの曲を聴いて涙を吐きました。

君とはつまり、初音ミク。そしてぼくとはピノキオピー自身を指していると捉えて間違いないでしょう。
「僕は人間になりきれなかった」とはピノキオピーの偽らざる本音。独白です。

 

そうなんです。分かっているんですよ。とっくの昔から分かっていることです。VOCALOID音楽に惹かれるのは、歌っているのが人間ではないからです。
溢れるような思いを、感情を、存分に投げつけても全て受けとめてくれる

真っ白な器としての”ボカロ”
だけど、決してその想いには応えてくれない”ボカロ”
絶対に返してくれない”ボカロ”
だからこそ好きでいられる”ボカロ”

そんな”ボカロ”が好きなのです。どうしようもなく。

 

しかし、

初音ミク登場から気がつけばもう9年目です。
そろそろ頃合いでしょう。
そろそろバーチャルな夢から覚めて、我々もリアリティと向き合って行かなくてはならない。
就職、結婚、出産、育児、介護、
そして自分自身の加齢と老後…そんなリアリティと
向き合っていかなくてはならない。
そんなことは分かっています。
そんなことは。

 

そんなことは!!!!!!

分  か っ て ん だ よ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

…そうなのです。
…だからこそ、だからこそ沁みるのです。

だからこそ人間あらざる”君”が歌う音楽が沁みるのです。

励ましになるのです。救いになるのです。
たとえ紅白歌合戦で”君”がrayを歌わなくても、千本桜を歌わなくても、歌わないでいてくれるからこそ救いになるのです。

 

あなたには、それが分かりますか?

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

最後に少し逸れてしまいましたが、以上10曲を紹介しました。

いががでしたか?

VOCALOID音楽の面白さが少しでも伝われば幸いです。

そしてぜひとも他の方のボカロ10選も巡ってみて下さい。そこに詰まったそれぞれのアツい思いが、感じとれるハズです。

 

さぁ!今年もたくさんボカロ聴くぞー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*追記*

「東京マヌカン」の項について、あとがき的なことをtwitterでつぶやいていたら

たんぽぽさんがまとめてくれたのでここに載せました。

ありがとうございました。 

togetter.com