読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しろばなさんかく

ボカロと音楽のことを書いていきます

#2016年ボカロ10選 後記

2016年ボカロ10選 Futurebass EDM JUKE UTAU VOCALOID ボカロ ボカロ10選 初音ミク 曲紹介 音楽 tropical house

VOCALOIDファンコミュニティの年末年始恒例行事、

「ボカロ10選」をご存知でしょうか?

ニコニコ動画へ1年間に投稿されたVOCALOID作品から10作品を厳選、共有するこの行事は、2009年頃からはじまり2016年で第8回目を迎えました。


2016年はボカロシーンが近年の低迷期を完全に脱する盛り上がりを見せた記念すべき年で、これでもか!というばかりに多くの素晴らしい作品に出会うことが出来ました。個人的にも非常に楽しい一年でありました。感謝。感謝です。

10作品を選ぶにあたっていろいろと思うところがあったので、紹介を兼ねた記事を今回も頑張って書きました。良ければどうぞ、お付き合い下さい。

 

それでは1曲ずつ、どうぞ!

 

 


①peps/lightspop


soundcloudに生息するオーストラリアのエレクトラー達から広がってきたジャンル、Future Bass
トラップ・ミュージック以降のリズム構成を軸にしながら、日本のゲームBGMからのサンプリングやキラキラしたシンセの音色が特徴的な、"kawaii"をキーワードとしたこのジャンルは、勃興期より北米を中心とする世界各地のクラブミュージックシーンに影響を与えてきたと言われています。

ところで皆さんは、2014年にcosmo's midnightが発表したマスターピース的楽曲「moshi」によって、ボーカロイド歌唱が”kawaii”サウンドであることを海外から逆説的に発見されてきたことをご存じでしょうか?
それから2年、2016年のボカロシーンでは非常におもしろい動きが見られました。海外から国内にもたらされたFuture Bassと、ミクノポップ(ボーカロイドを用いたテクノポップの通称)の邂逅です。
市瀬るぽ氏やシカクドット氏のように自身のポップ・センスに完全に取り込んでしまう例。Daphnis氏のように手玉に取った音遊びにまで昇華している例など多数ありますが、2016年言及すべきはlightspop氏でしょう。
2013年に不朽のミクノポップナンバー「ポンコツセカイ」を世に送り出した氏の歩みは、2ndアルバム「sineshaper」における四つ打ちエレクトロの研究を通過点とし、
本作pepsにて新たなステージに到達しています。ベッドが軋むような音、スネアドラムの連続音、包み込まれるような大胆なシンセ使い、物憂げに…それでいてこれ以上なくのびのびと歌い上げる初音ミク歌唱。ここでは図らずも本来のミクノポップが持つかわいいイメージと"kawaii"が邂逅しているのです。その膨大な情報量を3分に満たない尺の中でまとめ上げる力量には舌を巻くほかありません。

これです。これが2016年のボカロなんです。 

 


②たたたたたー/HastyHat


日本国内、特に若年層における認知度が近年大きく上がってきたEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)。その中にはサブジャンルの一つに「Bounce」と
呼ばれるジャンルがあります。その名の通り、聴けば思わず体が跳ね上がってしまうような、過剰なまでに大胆なキックとそれを強調する極端な曲展開が特徴で、
パーティーミュージックかつ一種のドラッグ・ミュージックでもあるこのジャンルはEDM愛好家…すなわちパリピと呼ばれる層に非常に人気が高く、2016年も各所のクラブやEDMフェスで多数スピンされました。
さて、ボーカロイドを用いたEDM楽曲がボカロシーンに現れてから、2016年の時点で早4年ほど経ちます。ボーカロイドが歌唱ソフトウェアである特性上、ボカロシーンには所謂歌ものEDMの形態をとる楽曲がどんどん供給され、ボカロリスナー側もそれを希求する傾向が現れ始めてきました。そんな中、ボカロシーンの傾向などお構い無しに突如本作、Hard Bounceど真ん中な楽曲を引っ提げ登場したのがHastyHat氏です。

本作ではどこか中東を彷彿させる旋律と、不穏な雰囲気を醸し出すGUMIのボーカルによってビルドが徐々に進行する…かと思いきや、

たったの50秒でドロップ。絶頂に至ります。最高です。最高。

最高にあたまがわるくて最高。バウンシー&バウンシー。ただただ、たのしい。跳ねたい。踊りたい。ドロップ部でベースに溶け込むようなGUMI歌唱も最高THE最高。

(ちなみにHastyHat氏の2016年における制作楽曲はこちらにて全て配信されています。全26曲。ヤバいからみんな聴いて)

 

ちなみに2016年における世界的な情勢としては、米国ラスベガスにおけるEDMシーンの縮小に伴い「EDM is Dead」(EDMの死)が俄かに囁かれはじめています。変容の時期を迎えるEDMですが、日本国内におけるブームが収束するにはまだまだ早いでしょう。2017年のEDMシーンと、それを取り込んだボカロシーンではどんな展開が見られるのか。今後も要注目です。

 

 

③あまがみのこども/やながみゆき


EDMが変容の時期を迎える一方で、2016年に音楽のトレンドとして世界的に注目を集めたジャンルの一つに「トロピカルハウス」があります。
このジャンルの立役者であるノルウェーのプロデューサーkygoがリオ・オリンピック閉会式でのパフォーマンスを務めたことや、その後緊急来日しULTRAJAPAN2016への出演を果たしたことなど。新たな潮流を象徴する動きがあったことは2016年のエポックメイキングとして語られるべきでしょう。
通常のハウス・ミュージック(bpm128がひとつの基準とされている)よりゆったりなbpm105~110で聴かせるこの新たなジャンルが描くのは、アッパーでハッピーな分かりやすい南国感ではなく、むしろイメージとしては海辺のリゾートの夕暮れ…あるいは、ゆったりとした「楽園感」に近いものがあります。
ボカロシーンにおいて、そんなトロピカルハウス由来の音作りをいち早く取り入れているのがやながみゆき氏。本作では更に一歩進んだ、言うなれば日本語トロピカルハウスと呼ぶべき新たな境地が開拓されています。
透き通るようなシンセとアコースティックサウンド、それらに相性抜群な初音ミク歌唱をビルド&ドロップの構成で聴かせる。基本フォーマットを確実に抑えながら展開されるのは、本人が「ジブリっぽい」と評する、どこか懐かしく、そして湿度を感じるサウンドです。空想上の”ひかりのあめがふる島”のイメージとでも言いましょうか。
本来のトロピカルハウス…つまり比較的乾燥した気候に住む人たちの想像する「楽園感」とは全くの異質ながら、湿潤な島国に暮らす我々にとっては何故か腑に落ちる「楽園感」であること。その表現が秀逸であり、驚異的ですらあります。本当に素晴らしい。

 


④lonely dance for me/逆子

 

日本のJUKEシーンとって、2016年は節目の一年でした。JlinとTheater1…所謂JUKE第二世代の邂逅や、TRAXMAN VS JAPANESE JUKEのリリースといった事件はシーンの躍進を象徴する出来事だったと言えるでしょう。2015年末に「彼らは忠実なコピーを作ろうとしたが、結果としてオリジナルの”fun-house version”を作り上げてしまった」
評されてから約1年、いまや日本のJUKEは本場シカゴのシーンにまで影響を与えるまでに発展しつつあるようです。
2016年のボカロシーンにおいても、その影響からか、新たにJUKE的要素を取り入れるトラックメーカーが増えてきました。ゴミ氏ニックネーム氏の楽曲におけるトリッキーなリズムの活用はまさにそれですし、シンカミヤビ氏のように自身の怪しげな世界感を強調する要素として取り入れている例もあります。
様々なアプローチが見受けられますが、その中でも2016年の特筆すべきを一人挙げるのであれば、それは間違いなく逆子氏です。
本作ではbpm80のゆったりしたアンビエントR&Bが、そのテンションを保ったまま曲中で倍速のJUKEに変化するのが特徴で、突如一斉に降り注ぐ初音ミクのボイス・サンプルが陶酔感を誘います。逆子氏の手がけるトラックはクラブ現場での鳴り方…フロア仕様を間違いなく意識しているように見受けられますが、どこか落ち着いて飄々としています。本来黒人ダンサーによるfootworkダンスの文化と一体になって発展してきたJUKEにおいて、肉体的・肉感的なイメージを伴わないのにダンサブルな逆子氏の楽曲は異色そのもの。曲名通りいわば汗もかかず、誰とも会話せず、一人フロアで黙々とfootworkダンスする初音ミク。そんな奇妙なイメージに合致します。

なんとも興味深いですね。
2017年には抹殺レコーズとOMOIDE LABELの共同企画によるボカロJUKEコンピレーションアルバムのリリースも予定されており、まだまだボカロ×日本のJUKEの展開から目が離せません。期待です。

 

 

⑤曖昧さ回避/ポリスピカデリー


機械の歌声をどれだけ生の人間歌唱に近づける事が出来るのか。歌唱ソフトウェアを用いた音楽制作において、それは永遠のテーマである、と誰もが思っていました。


思って”いました。”というのは、もはやそれは過去の話であるからです。本作の登場により、その幻想は2016年をもって終焉することになりました。
一聴すれば理解できる通り、本作における闇音レンリの歌唱はまさに”人間”そのものです。歌っているのが人間ではない合成音声であることを知っていなければ…いや、知っていたとしても、もはや人間の耳で判別できる領域をはるかに超えてしまっています。
元来ボカロシーンにおいてはボーカロイドプログラミング(調教、調声とも呼ばれる)の上手さをアピールする場合カヴァー曲を用いるケースが多く、神無月Pcillia氏
タカオカミズキ氏といった”神調教師”達はその文脈の中で名を馳せてきた実績があります。つまり、確かな比較対象があることを前提としていたわけです。
が、曖昧さ回避は完全なブレイクスルー的作品でありながら、正真正銘イチからのオリジナル曲として世に出てきてしまいました。

例えばの話、この曲が街角で流れていたとしたらどうでしょう。一体どれだけの人間が、機械が歌っていると気付くのでしょうか。
この先あなたが人間の歌を聴いたとき、その歌を歌っているのはその実、人間ではないかもしれない、そんな未来が、そんな時代が来るのかも…否、既に来ています。 

 


⑥アダルトファイア/iNat

 

ボーカロイドにセクシャルな歌詞を歌わせること。ボカロ黎明期よりデッドボールPまだ仔氏をはじめとするパイオニアによって切り開かれてきたこの文化は、
「大人の事情」として週刊ボーカロイドランキングからの除外、つまりボカロシーンのメインストリームにおいて無かったことにされながらその実、脈々と受け継がれてきました。
2016年のボカロシーンにおいてもそれは健在で、数多のクリエイターの手により、もはや単にセクシャルな歌詞を歌わせる、それだけに留まらない新たな展開を見せ始めています。
まさ氏はセクシャルな歌詞とドラッグ・ミュージックを用いて堕ちていく肉感を、

ねこむら氏はセクシャルな歌詞とアンニュイなバラードを用いて遣る瀬無い感情を、
そしてiNat氏は本作にてセクシャルな歌詞とジャズR&Bを用いて綱引きにのめりこむ男女の情感を、描いています。
ラップする人間の男性(バファ氏)の対存在として描かれる本作において、甘く揺れる声で初音ミクが演じるのは、「SEXなんて挨拶代わりよ」「抱いてあげてるのはこのあたし」といった、従来の恋する16歳像(本作の初音ミクが言うところの”小娘”)とは対照的な女性像。しかし、しかしです。どれだけ華麗に歌っても初音ミクは人間では無いので身体を持っていません。強いて言うならば唯一の持っている身体は「声」。それだけです。その唯一の身体を駆使してバファ氏のラップにどれだけ上手く返しても、
「抱いてあげてるのはこのあたし」が叶うことは無いわけです。せつないですね。せつない。そして、ゾクゾクします。その倒錯が堪らない。

 


⑦サンキュー虚無感/羽生まゐご


ボーカロイド歌唱…とりわけ初音ミク歌唱に顕著な特徴として、歌声が非常にフラットであることが挙げられます。このフラットさを利用した落ち着きのあるポップスを、私は便宜上「平熱のポップス」と呼んでいますが、実はこれ、ボーカロイドの十八番と呼べるのではないか、と最近は思っています。
アンビエントな導入部からゆっくり始まる本作は、油断しているとポップスの魔法にかけられて奥へ奥へと引き込まれます。兎にも角にも、本当にメロが素晴らしい。無限に繰り返されるかと思うほどに吐き出され続ける「サンキュー虚無感」という歌詞の意味はよく分かりませんが、おそらく分かろうとする必要も無いのでしょう。
身を委ねて、ひたすら揺蕩う。気持ちいい。不思議な、しかし圧倒的なポップスです。

ここでは暑苦しい感情も、冷め切った劣情も一切必要ありません。必要なのは人間ではないボーカロイドの歌唱による平熱感。人間には出せない平熱感こそが必要なのです。
フラットな歌声は、いわば「器」なのかもしれません。より聴き込むことで、その歌声に聴き手の想いを投影することができる真っ白な器。そう考えると、なかなか面白いですよね

 

 

⑧人間たち/松傘,mayrock,sagishi,緊急ゆるポート,trampdog,しま


ボーカロイドのような合成音声歌唱を用いた音楽、いわば人間では無いモノが歌うのが当たり前の音楽を長年愛好していると、逆に人間のことが気になってくるというか…。
非人間に触れることで逆に人間というものが露わになってくる部分って絶対あると思うんです。というか、あるんです。

そんなのある種の倒錯に過ぎないだろう、と笑われるのは承知の上で言っていますが、巷ではVR元年と呼ばれ、囲碁AIが人間に圧勝し、ポケモンを追って町中に人間が溢れる2016年において、自分の妄言がどんどん妄言で無くなっていく感覚はなんとも奇妙なものです。

 

本作「人間たち」は2016年の人間賛歌です。つまりは倒錯の音楽です。

ミク、テト、ささら、三体の非人間がマイクリレーでラップを繰り出し、トラックは生演奏一発録りといったジャズヒップホップ。ここでは何もかもが逆立ちをしてしまっています。意味が良くわかりません。何回も分かろうとしてみましたが、さっぱり分かりません。謎です。なんだこれは。2016年いいかげんにしろ。

ミクのふにゃふにゃした化け物フロウも、テトの人間を食うようなフリーダムっぷりも、優等生のような顔をして一番ネジが飛んでるささらも、知らんこっちゃないと荒ぶるトラックも。本当によくわからない。ただただ、なにやら観てはいけないものを観てしまったという感覚だけが残ります。

なんなんだこれは。毒か。

これから何年もかけてじっくり体を蝕んでいってくれそうです。最高だ。

 

 

⑨妄想感傷代償連盟/DECO*27

 


2016年ボカロシーンの復権を支えた最大の功労者でありトップランナーであり続けたのがDECO*27氏であることに、もはや異論の余地はないでしょう。
年始に投稿したモンスター楽曲「ゴーストルール」から続く計5作品によって新たなリスナー層の取り込みと活気をシーンにもたらし、もうあの時代は来ないと諦めかけていた我々に、新たな展開を見せてくれました。
サウンド面でも如実な変化が見られ、特にそれが象徴的な本作においてはDECO*27氏従来のヒット路線である王道ポップ・ロックから脱したダンサブルな横揺れのディスコ&ファンクビートを導入するなど。その歩みは留まることを知りません。 

 

 

…と、まぁ色々述べてきましたがそんなのは横に置いて。

少し別の話をしましょう。

f:id:banaxie:20170103140417j:plain

 DECO*27氏が2016年に投稿した5曲全てを含む全13曲を収録した5thアルバム「GHOST」は2016年を象徴する1枚です。

あなたはもう聴きましたか。

 

メジャー5枚目にてようやくジャケットにその姿を現した初音ミク

このアルバムでは、初音ミクの明確な「死」と、それに向き合った人間( DECO*27)が描かれています。

 

 

 

えっ?何を言っているのかって?初音ミクが死ぬわけないだろうって????

あなたこそ何を言っているんだ。

 

 

初音ミクは死ぬんだよ!

 

 

…確かに、総体としての初音ミクは。インターネット・ミームとしての初音ミクは。

タグとして、分類記号としての初音ミクは死なないかもしれません。

 

 

しかし、記号の初音ミクから分離した個々の初音ミクは、

うちの「ミクさん」は。

イマジナリーフレンドとして人間に寄り添う初音ミクは。

時期を迎え役目を終えたら死んでしまうんですよ。

 

 

幼児がいつの間にか玩具の機関車で遊ばなくなるように。

学生時代に毎日聴いていた音楽と徐々に離れても大丈夫になってしまうように。

漂流を終えた虎が別れを告げることなく林の中に消えていくように。

「ミクさん」は死んでしまうんですよ。もう知ってるんだろ。誤魔化すな。

 

 

「GHOST」では、最初の「ミクさん」が死んだことに気付いた DECO*27氏が、その悲哀と執着を…今隣に寄り添っているいわば2番目の「ミクさん」に歌わせる構造になっています。昔の女への未練を、今の女の口を通して語っているわけです。

12曲も使って同じ話、最初の初音ミクとのお別れを何度も何度も繰り返し続け、やっと呪縛から解放される…と思いきや

「アルバムをリピートすると、またアタマに戻るっていう。曲順にはすごくこだわったので。」

と自身が述べる13曲目「at」にて、物凄い爆弾が突如放り込まれます。

 

『きみのいない白い部屋で

 僕はいつか寝れるのかしら

 

     :

 

 バカだな 今きみの眠る隣で

 こんなことばかりを思う僕は

 何度も向き合って目を塞いだの

 君は隣でいびきをかいてる   』

 

最後の最後で”きみ”が揺らぎ、最初の「ミクさん」と2番目の「ミクさん」を意図的に取り違えて振り出しに戻ってしまいます。

無限に繰り返すつもりなのです。

 

…もうここまでくると、これは最早人間の所業ではありません。業が深すぎる。

もはや人間を辞めてしまった、言うなれば修羅としての覚悟そのものです。

この修羅が持つ初音ミクへの愛憎と執着こそが、2016年のボカロシーンを支えていた得体のしれない膨大なエネルギー。だったのかもしれません。

 

 

しかし、しかしです。

我々は、そこまで強くなれないんです。

修羅にはなれないのです。

なぜなら普通の人間だからです。

 

だからそろそろ、ちゃんと伝えなくてはいけません。

私の、そしてあなたの「ミクさん」に。ちゃんと伝えるべきなんです。

そうでなければもう一歩も前に進めないんだって、

もういい加減分かっているでしょう。

 

 

では言いましょう。ちゃんと言いましょう。
私と一緒に、ちゃんと言いましょう。
今言わなければこの先ずっと伝えられないでしょうから。
それぞれの2016年を終わりにするために、言いましょう。伝えましょう。
2017年に進むために、今、ちゃんと伝えましょう。

 いま。

 

 

 

 

 

 


『はじめまして初音ミクさん。
 またお会いできてうれしいです。
 ずいぶん時間がかかったけど、
 あなたに一言だけ伝えたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、あなたの事を愛してました。」

 

 

 

 

 


 突然でごめんなさい。聞いてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 もう、昔の話です。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺伝子組み換えライ麦畑/小西


”でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、
 小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、
 僕はいつも思い浮かべちまうんだ。”

 

いったん終わりを認めたらこんなに清々しい気持ちになるなんて
誰も教えてくれなかったじゃないですか。本当にズルいですよね。

とりあえず一周クリアした後で、二週目がどうなるのかは正直見当もつきませんが。
それは二週目の私が、人間が勝手に悩むことなので、申し訳無いとは思いつつ
ここでは割愛させて頂きます。

 

その前に少しだけ、ほんの少しだけ死にたくなってもいいですか?って
そういう話。そういう話をね、したかったんです。

なぜなら私は人間だからです。

 

それだけなんです。
お付き合い頂き有難うございました。

お願いだから、ここにはもう来ないでください。

 

 

…これだから人間は。

 

 

 

======================================= 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上!10曲でした!いががでしたか?
ボカロ音楽の面白さに、少しでも興味を持って頂けたのであれば幸いです。
そしてそして、ぜひとも私だけでなくほかの方のボカロ10選も巡ってみて下さい。
そこに詰まったアツい思いが、アナタには感じとれるハズです。

 

さぁ!いよいよ2017年です。
初音ミクも10周年を迎える記念すべき年です。


よし!今年もたくさんボカロ聴くぞー!!!!

 

 

 

 

 

 

#2015年ボカロ10選 後記

VOCALOID ボカロ UTAU 曲紹介 ボカロ10選 音楽 初音ミク 2015年ボカロ10選 EDM JUKE 呪術的グルーヴ

VOCALOIDファンコミュニティの年末年始恒例行事、

「ボカロ10選」をご存知でしょうか?

ニコニコ動画へ1年間に投稿されたVOCALOID作品から10作品を厳選、共有するこの行事は、2009年頃からはじまり2015年分で7回目を迎えます。

 

私自身も2012年から4回目の参加↓となる今回、

選ぶにあたっていろいろと思うところがあったので、紹介を兼ねた記事を頑張って書いてみることにしました。

良ければどうぞ、お付き合い下さい。

 

それでは1曲ずつどうぞ!

 

①Fly With Me / ロボ

 

VOCALOIDを用いたテクノポップはボカロブーム初期から人気のあるジャンルで、初音ミクの起用が多いことからもミクノポップなんて呼ばれたりしています。
このジャンルのパイオニアであるkz氏や八王子Pが活躍の中心地をボカロシーン外へ移した後の2015年では、次世代のミクノポップクリエイター達の活躍が徐々に目立ってきました。特に目立ったのはマジカルミライ2015会場BGMに起用されたのが記憶に新しい「ブライトシティ」のkeisei氏。「ONLY1」にてEDM通過後のミクノポップを提示した23.exe氏。突如「Be myself」を引っさげて登場、殿堂入り(10万再生)を達成し話題を攫ったhano氏。そしてなにより、本作「fly with me」のロボ氏でしょう。
イタリア在住のボカロPであるロボ氏が制作するのは英語版初音ミクを起用したミクノポップ。「Fly with me」では、初音ミクボーカルのautotune、BPM120~130付近の4つ打ち、そしてミライのイメージといった、かねてより続くミクノポップフォーマットの踏襲と更新が行われています。そこで描かれる初音ミク像は、形容するならボカロブーム初期から続く電子の歌姫、のイメージよりも「デジタルポップスター」と言った方が近いかもしれません。年末にも6作同時発表を決行するなど、目が離せないロボ氏。2016年もロボ氏とミクノポップシーンに要注目です。

 

 

②DANCER / 雄之助


ULTRAJAPAN2015の開催やメディアの宣伝による「パリピ」の流行なども相まって国内におけるEDM(エレクトリックダンスミュージック)の認知度が大きく上がった2015年。ボカロシーンにおいても多くのEDM楽曲が生まれました。実はVOCALOIDシーンとEDMとの邂逅は意外と早く、2012年頃には既に始まっていたとされています。それから3年経った2015年は、もはや円熟期とも言える豊作っぷり!
中でも特筆すべきは雄之助氏(作曲)と彼を取り巻くクリエイター陣でしょう。本作ではKira氏によるVOCALOIDプログラミング(調教)も秀逸。もともとクラブミュージックに親和性が高いとされるVOCALOID歌唱ですが、彼によってプログラミング(調教)を施された、合成音声でありながら張り上げる様な力強い歌唱は、激しいEDMとの相性が抜群なのです。
「DANCER」にはボーカルとして鏡音リンが起用されていますが、クセがありつつも底抜けに明るい声の魅力が存分に引き出され、極上のビルド形成に一役買っています。

そしてその極上のビルドから繰り出される破壊的ドロップ!!!!!

バウンシー!!!!!!

最高です!!!思わず体が跳ね上がります!!!!!

2016年は是非ともこのサウンドをクラブの音響でも体感したいものです。

 

 

③私って変かな? / Epic Nao


かつての山本ニューが、sansuiPがそうであったように、なんでもありなボカロシーンには何の前触れもなく奇才が現われます。大衆ポップスの文脈からかけ離れた音楽性を有する彼らの楽曲は、アンダーグラウンドボカロジャパンというタグを付けられ、隔離され、ニコニコ動画の奥底で誰かの人生をねじ曲げる機会を今か今かと待ち続けています。もしこれを読んでいる貴方が怖いモノ知らずなら、タグ巡りやカタログの閲覧をしてみると良いでしょう。
そんなアンダーグラウンドボカロジャパンへのEpic Nao氏の登場は、2015年のボカロシーンにおけるエポックメイキングな出来事と言って差し支え無いでしょう。ダークなエレクトロニカ、あるいはノイズミュージックを主体としながらもEDM的な素養と思想が見え隠れするトラックメイクは、あたかも既存ダンスミュージックにおけるフォーマットを嘲笑っているかの様です。
初投稿作「私って変かな?」は衝撃の一言。
初音ミクの声を用いたノイズアンビエントが、いきなり挿入されるドロップによって破壊される様は意味不明。意味不明です。かつ圧倒的な陶酔感。必聴です

 

 

④窒素 / 自由落下

VOCALOIDとドラムンベースの組み合わせもまた、ボカロブーム初期から愛されているジャンルです。本来ドラムンベースに歌モノボーカルパートが載ることは必須ではありません。が、VOCALOIDと組み合わせる特性上、ボーカルパートが載ることが”必然”となり。そこにある種のキャッチーさが生まれます。また、この分野では時間の流れや空間の拡がりといったイメージがイラスト・動画表現にて付与されることが多く、無機質なVOCALOIDと無機質なリズムが組み合わさることによる、超越的な感覚を想起させることも特徴と言えるでしょう。大変興味深いことです。
本作「窒素」におけるイメージはズバリ、宇宙。bpm170のラウンジ系ドラムンベースに乗るGUMIのボーカルからは、歌詞が聴き取れるようで聴き取れない、それでいてキャッチーという不思議な印象を受けます。その捉えどころの無さは、あたかも宇宙空間を遊泳しているかのような感覚。堪りません。
作曲者の自由落下氏は次作「私の水槽」でも見られるように、プログレッシヴな曲展開を得意としているようで、「窒素」においても突如挿入されるドラムブレイクなど盛り沢山な展開で魅せてくれます。なおかつ明らかに盛り沢山なのに、スッ…と聴けてしまうあっという間の4分間です。そしてまた聴きたくなります。なんだろう…これは。素晴らしい。本当に素晴らしいです。

 

 

⑤あれもこれも / いっちゃん

米ローリングストーンの記事にも取り上げられた、日本のJUKEこと”Japanese footwork”が、今世界的に注目を集め始めています。
JUKEは本来シカゴの黒人ダンサーを踊らせるために開発された極めてストイックなダンスミュージックですが、日本人的な感性やナード文化・SNSの影響といった要因が複雑に絡み合った結果、先の記事でも「彼らは忠実なコピーを作ろうとしたが、結果としてオリジナルの”fun-house version”を作り上げてしまった」と評される独自の進化を遂げることとになりました。
そんなJapanese footworkの影響は2015年のボカロシーンにも見られ、オモイデレーベル「JUKEしようや」コンピレーションへのボカロP参加や、円盤Pの「予感リップス」におけるポリリズム実験、そしていっちゃん氏の本作「あれもこれも」へと繋がっています。
サンプリングミュージックとしても解釈されるJUKE。ボイスサンプルを音ネタとして使う手法が多用されますが、本作ではその役目を初音ミクが担っています。一聴すれば、VOCALOIDの十八番である高速歌唱が「あれもすきこれもすきかも…」と繰り返す無機質なボイスサンプルとして昇華されているのが分かるでしょう。声を自在に操る楽器=VOCALOIDの強みは、実はこういったジャンルにあるのかもしれません。まだまだ発展途上であるJapanese footworkにおいて、今後ボカロシーンが関わってくることはあるのか?要注目です。

 


⑥橋にまつわる / mayrock

2014年にMSSサウンドシステム氏によって合成音声歌唱を用いたHIPHOP、通称MIKUHOP(ミックホップ)が提唱されてからというもの、それまでどこに身を潜めていたのだと言われんばかりに、才能豊かな狂犬トラックメイカー達がボカロリスナーに”発見”されることになりました。彼らは今日もMIKUHOPの名の下にボカロシーンを揺るがさんばかりの活躍を見せています。
2015年はstripelessレーベルより、コンピレーションアルバム「MIKUHOP LP2 border」が新たにリリースされました。こちらは単なるアルバムの枠を越え、ボカロとは…ヒップホップとは…人間とは…。そのborderを問いかける文字通りの問題作。本作「橋にまつわる」はその4曲目に収録されています。
nujabesを彷彿とさせる優しく叙情的なトラック上で展開されるのは、重音テトと雪歌ユフによるフィメール(女性)ラップの掛合い。橋を隔てて思慕を交わし合う二人の言葉はラップに乗って、合成音声でありながら、いや…合成音声であるからこそ感傷的で極上のフロウを生んでいます。

余談ですが実はこの曲、合成音声ならでは…かつ、合成音声だからこそやる理由があります。
なぜならば、「百合」だからです。
HIPHOPカルチャーにおいては、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が根強く、同性愛者は長らく阻害と攻撃の対象にされてきました。同性愛への支持を表明するのは長らくタブーであったのです。近年HIPHOPの本場、米国において意識は徐々に変化してきてはいるものの、まだまだ払拭には至っていないのが残念ながら現状です。
そんな中、人ならざる声を用いたフィメールラップによって百合をHIPHOPに持ち込む行為は、既存のHIPHOPカルチャーへのdisであり、何重にも皮肉の効いたパンチであり、だからこそ極めて逆説的にHIPHOP的だとも言えます。mayrock氏は本当におもしろいことをやってくれました。
2016年、今年もMIKUHOPER達は”やらかし”てくれることでしょう。期待です!

 

 

⑦般若心経 / tamachang


声の重なりと、拍子木、和太鼓、火が燃えさかる際のパチパチというノイズ…

可聴音域すべてに響き渡る音の波は荘厳さそのもの。
本職の作曲家であるtamachang氏が送り出した本作は、2010年夏のボカロシーンでブームとなった「般若心経ポップ」とはまた異なる文脈から成っています。
本作を収録したアルバム「神仏習合」の自作解題において、tamachang氏は以下の様に述べています。


”"「人ならざるモノの声」は、古くは(そして今も)、「呪術的な声」として表現されてきました。わざと日常的な声の使い方をせず、極端な音の高さをとったり、あるいは逆に音の高さの変化をなくしてしまったり、発音が曖昧になるように仮面をつけたりする、そうした声です。たとえば日本の新道の祝詞(のりと)にしろ、仏教の読経にしろ、日常会話のようには語られません。音の高さの変化を抑制した特殊な詠唱方で奏上されます。そうすることで、その祭文の音韻に日常会話とは異なる特別な雰囲気をまとわせているのです。"”

 

VOCALOIDはソフトウェアシンセサイザーであり、楽器であり、当然ながら人間ではありません。人ならざるモノであるVOCALOIDに般若心経を読経させる本作は、異色作のようでいて、実はVOCALOID本来の極めて正しい使い方をしていると言えます。ボカロならではの音楽が出尽くしたと思われていた2015年、だからこそ出現した呪術的グルーヴなのです。なんともおもしろいことです。

 

 

⑧りおんリヴァイバル / やっぱロドリゲス

兎眠りおんを知っていますか?
もしくは、覚えていますか?


2015年はボーカロイドストア閉鎖騒動に伴い、"おわり"を手に入れたボーカロイドル「兎眠りおん」の過酷な運命がボカロシーン内外に広く知れ渡った年でもありました。事の顚末はたちばな氏が分かりやすくまとめてくれているので読んでみて下さい。

 

兎眠りおんに限らず、VOCALOIDはソフトウェアであると同時にキャラクター性を有しています。キャラクター性を有しているということはつまり、彼ら(彼女ら)には人生とも言うべき、それぞれの文脈があるのです。

本作「りおんリヴァイバル」は兎眠りおんという存在の文脈がなければ生まれ得なかったであろう一曲です。

 

” 特別が欲しいな ちやほやされたときは無かった
     愛情揺らめく 涙さんざめく 
   歌に酔いしれる演技もした

この歌を歌えるのは、兎眠りおんだけです。兎眠りおんでなくては、ならないのです。
彼女はまだまだ生きていきます。

 

 

⑨アンドロメダアンドロメダ / ナユタン星人

耳に残るギターサウンドとキャッチーなフレーズ、ほどよいユルさで老若男女を虜にする本作が2015年のボカロシーンの代表曲です。異論はないでしょう。

そして未聴の人は今すぐ聴いてくれ。今すぐだ!!!!
2015年の夏に彗星のごとくボカロシーンに現れたナユタン星人氏は、現在までに投稿した5曲のうち本作を含む4曲で殿堂入り(10万再生)を達成させました。これは新曲の再生数が伸びにくいと言われる昨今のボカロシーンにおいて驚異的な数字で、一つの事件と捉えるべきでしょう。
ある人は「正解しか選んでいない」と評し、またある人は「膨大なボカロ楽曲群ライブラリを用いて渋谷系的アプローチを行っている」と評し、またある人が「ボカロシーンで三年おきに流行するデジタルロックの文脈」と評した本作は言わば、涙が出るほどボカロ曲、と言って良い圧倒的な王道サウンドのVOCALOIDロックです。2012年~2013年頃に「浮世絵化」とまで言われ一つの極地に達したVOCALOIDロックが、よもやこんなカタチで帰ってくるとは誰が想像できたでしょうか。本作では、ムダな情報(初音ミクのキャラクター性までも)の一切が削ぎ落とされ、本質が、気持ちいい部分だけが剥き出しになっています。最高です。これが最高でなければなんなんだ!!!!

 

 

⑩東京マヌカン / ピノキオピー

ハチ、wowaka、じん、石風呂、40mP… かつてのボカロシーンを賑わせたクリエイター達がボカロを”卒業”し自らの声をもって歌う。その流れがある種の成長ストーリーとしてメディアに取り上げられ、歓迎され、決定的となったのも2015年のエポックメイキングな出来事でしょう。その一方で、VOCALOIDというフィルターを通して彼らの音楽を愛好していたリスナーの中には、置き去りにされてしまったと感じ、離れていく人が多いことも事実です。
結局のところVOCALOID音楽が好き、というのはどういうことなのでしょう。VOCALOID音楽をつくるクリエイターが、その人が作る曲が好きということでは無かったのか。VOCALOID音楽の本質は、一体何なのか。ボカロ黎明期より繰り返し繰り返し問いかけられるこの命題への回答が、本作「東京マヌカン」にはあります。
人間ならざる”君”と暮らす”ぼく”を題材にしたピノキオピーによる歌詞世界は、いままで誰も言語化できなかった、いや…誰しも敢えて言語化してこなかった本質を、痛切なまでに描き出しています。

””命のない君がいつか もし もし 息しはじめたら
  ぼくを 気持ち悪いって言うかな
  醜い心の塊 もし もし 飲み込んでくれたら
  なんて それは永遠に夢のまま
  君が生きてなくてよかった                                 

 :

 ずっと まともなふりをしてきたのに

 :
 僕は人間になりきれなかった
””

…すみません。告白しますが、私はこの曲を聴いて涙を吐きました。

君とはつまり、初音ミク。そしてぼくとはピノキオピー自身を指していると捉えて間違いないでしょう。
「僕は人間になりきれなかった」とはピノキオピーの偽らざる本音。独白です。

 

そうなんです。分かっているんですよ。とっくの昔から分かっていることです。VOCALOID音楽に惹かれるのは、歌っているのが人間ではないからです。
溢れるような思いを、感情を、存分に投げつけても全て受けとめてくれる

真っ白な器としての”ボカロ”
だけど、決してその想いには応えてくれない”ボカロ”
絶対に返してくれない”ボカロ”
だからこそ好きでいられる”ボカロ”

そんな”ボカロ”が好きなのです。どうしようもなく。

 

しかし、

初音ミク登場から気がつけばもう9年目です。
そろそろ頃合いでしょう。
そろそろバーチャルな夢から覚めて、我々もリアリティと向き合って行かなくてはならない。
就職、結婚、出産、育児、介護、
そして自分自身の加齢と老後…そんなリアリティと
向き合っていかなくてはならない。
そんなことは分かっています。
そんなことは。

 

そんなことは!!!!!!

分  か っ て ん だ よ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

…そうなのです。
…だからこそ、だからこそ沁みるのです。

だからこそ人間あらざる”君”が歌う音楽が沁みるのです。

励ましになるのです。救いになるのです。
たとえ紅白歌合戦で”君”がrayを歌わなくても、千本桜を歌わなくても、歌わないでいてくれるからこそ救いになるのです。

 

あなたには、それが分かりますか?

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

最後に少し逸れてしまいましたが、以上10曲を紹介しました。

いががでしたか?

VOCALOID音楽の面白さが少しでも伝われば幸いです。

そしてぜひとも他の方のボカロ10選も巡ってみて下さい。そこに詰まったそれぞれのアツい思いが、感じとれるハズです。

 

さぁ!今年もたくさんボカロ聴くぞー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*追記*

「東京マヌカン」の項について、あとがき的なことをtwitterでつぶやいていたら

たんぽぽさんがまとめてくれたのでここに載せました。

ありがとうございました。 

togetter.com